愛を乞う人
オレは、あなたの持ってるアパルトメントの中でなら、ここが一番好き。
深い青で満たされた静寂の中、緑のビー玉みたいな瞳に夜を宿したランボはそっと呟くように言った。
独り言のようなそれに何で?と訊けば、だってここは古くて狭いから、と返ってっきた。
「大通りから離れてるから静かだし、ここには少しの生活雑貨と古ぼけたテーブルと椅子とベッドくらいしかないし、
何十年も前から時が動いてないようなこの空間にあなたと2人だけでいると、なんだか世界から隔離されてる気分になる。
それがとても好きなんです。」
一回りも齢の離れたこの少年は、大人びた艶の含んだ表情で、物語を聞かせるように喋る。気怠さと憂いを交えたような、声色。
「耳をすませば、遠くから犬の鳴き声とか、車の走る音とか聞こえるでしょう?ほら。この部屋にいると、そういう外界の音が
薄い膜を通してるみたいに聞こえるんだ。それがオレたちの空間との境界線をより鮮明にしてるようで、
いつもそう感じた瞬間、たまらなくこの排他的な空間を創るこの部屋が愛おしくなる。」
いつからこんな事を言う男になったのかと苦笑いしながら記憶を辿ろうとすると、それを見越したかのように
「何考えてるんです?」とテーブル越しに手を握られた。それは、懐かしいあの小さな手ではなく、しっかりとした骨格の、男の手だった。
「やたら男前になったなと思ってさ、お前。小さい頃はいつもちょこまか動きまくってバカばっかやって、
ツナを困らせて、獄寺怒らせて。その度にオレやハルに泣きついてたなー。
で、ちょっとするとけろっとして、また同じことすんの。」
一瞬の動揺を悟られていないことを密かに祈りながら、おどけて言った。
「そのお前が、まさかこんな風に成長するなんてなぁ。」
空いている方の手ですっかりぬるくなった安物の缶ビールを仰げば、「止めてください、子供の頃の話は。恥ずかしくて死ねる」と
齢相応の拗ねた答えが返ってきたので、オレは今度こそ本気で笑った。
「そう言うなよ。可愛かったんだぜ、お前。何だかんだ言っても、みんなお前のこと好きだったんだよ。獄寺でさえも。」
「それは……うん、わかってます。オレは大切にされてた。愛されてた。」
ランボがそっと目を伏せると、窓から射し込む柔らかな月明かりで青白く照らされた頬に、長い睫の影がおちる。
そんな彼の様は、神聖なものにすら見えた。
「今思い返せば、たぶん、不安だったと思うんです。」
オレは本当にバカだったから、当時は全くそんなことに気付いてなかったんですけど、と少しの沈黙の後、そう前置きしてランボは続けた。
「きっと、誰でもいいから見ていて欲しかったんでしょうね。だから、いつも我侭に振舞ってみんなに手を焼かせていた。
そうすることで、自分に関心を持って欲しかったんじゃないかなーって。で、独りじゃないって思いたかったからかなーなんて。」
そんなことで愛を確認してたなんて、ほんとバカだ、と自嘲気味に笑ったランボに、どうしようもない焦燥を覚えた。
すっと目線を合わせてきたランボの瞳は、まるで引力でも持っているかのように、オレを引き込んで、
ほんの少しの気まずさに目を逸らしたくなったが、それもなんだか憚られた。
「あの頃のオレは、それはもう無差別に愛を求めた。全身で愛を欲した。…でも、」
ランボの手が、力を篭めてオレの手を握った。それは痛みを覚えるほどだ。
「でも、今はあなたの愛が欲しい。誰でもない、あなたの。」
ああ、とオレは思った。
こいつは何も変わってはいなかったのだと。
押し付けがましいほど真っ直ぐに、痛いほど我侭に、愛を欲する。その対象が、今はオレに絞られただけだ。それだけだ。
こいつは子供特有の自由さと残酷さで、きっと、またすぐに新しい愛が欲しくなるんだ。
きつく握られた手や、漆黒の髪の間から覗く強い眼差しや、外界から遮断されたようなこの部屋。どこにも逃げ場所はなかった。
だからオレは、呪文のように何度も何度もそう思うことにした。
一瞬、夜を湛えた瞳が揺れたような気がした。
全て理解してるくせに。あなたは狡いよ。
そう寂しそうに呟いたランボは、少しだけ身を乗り出して、そっと唇の横にキスをした。
end.
ランボ17歳くらい。
いつも甘いセリフばっかり吐いているので本気の相手に信用されないランボと、
ランボに落ちるのが怖い山本の話。と思ってください。(オイ)
ってかこれ、相手は山本である必要が全然なかった。(オイ)