rhapsody in blue ―2―
「ちょっと。あんまりにも隙がありすぎるんじゃないの。」
10年前の記憶の渦からハッと我に返ると、ドアの前に無表情の雲雀と苦笑いの10代目が立っていた。
よりによってこの2人に。と自分の間抜けさに心の中で舌打ちする。
平静さを装って、どうしたんですかと聞くと(もちろん雲雀なんて無視だ)、
「獄寺くんの報告書の中でちょっとわからない所があったから聞こうと思って。」と10代目は答えた。
「わざわざ10代目が足を運ばなくても、呼び出してくれればこっちから…!」
「呼び出したんだよ。」
オレを遮って雲雀が心底嫌そうな顔で言った。
「呼び出したけど君が内線にも携帯にも出なかったんじゃないか。」
どうやらオレは相当深いところまでトリップしてたらしい。
自分が嫌になる。クソ、どうしたってんだ。もう3年も経つのに。
曲がりなりにもボンゴレ幹部のオレが、身内とはいえここまで人前で失態を犯すとは。
「部下に頼んで獄寺くんを連れてきてもらっても良かったんだけど、直接オレらが来たほうが早いかと思ったんだ。」
オレの手の中にある古い野球ボールに目をやって、全然気にしなくていいよ、と彼も山本を思い出したのか寂しそうな笑顔で言った。
「君って意外と女々しいね。そんな汚いボール持って山本のこと思い出して泣いてたの?」
「雲雀さん!」
「山本が死んでからもう3年も経つのにバカじゃないの。そんなんでこの世界に生きていけると思ってんの?ボンゴレから離れて実家帰ってメソメソしてれば?」
泣いてこそないが、あながちはずれてもいない雲雀の発言に
「うるせーよ!テメーにゃ関係ねーだろ!ざけんな!」という中学生みたいな言葉しか出てこなかったので、言った後にさらにヘコんだ。
案の定雲雀には、まるで子供だね、と鼻で笑われた。
あまりにも自己嫌悪しすぎて、山本…テメーのせいだ!と怒りの矛先がずれ始めたとき、
「もう今日は仕事はいいや。飲もう。」
10代目が言った。
オレは今、オレの部屋で、10代目と雲雀と酒を飲んでいる。
なんだこのメンバーは。違和感極まりない。
10代目の突然の提案に雲雀はひどく嫌がった。(オレだって10代目の提案じゃなかったらこんなのゴメンだ)
嫌がる雲雀をなんとか10代目が説得し、オレは酒の準備をしながら、あの絶対群れなかった雲雀が今はファミリーにいるなんてコイツもまるくなったなぁ、と的外れなことをぼんやり思った。
この世にも奇妙なメンバーが酒を飲んでいるのを他の奴らが見たらどう思うのだろう。
オレたちは、やはりというか、特に話すこともなくちびちびと酒を飲んでいる。
相変わらず機嫌が悪いことを隠そうともしない雲雀と、雲雀は嫌だが10代目の手前どんな顔していいかわからないオレと、何を考えているのかさっぱりわからない10代目。
静かな夜だった。
酒を注ぐ音だとか、グラスとボトルが小さくぶつかる音だとか、そんなものしか聞こえない。
時折、ブラインドが開け放った窓から入る風でカシャンと鳴った。
「昔、山本と2人でこうして飲んだことあるよ。」
唐突に10代目は言った。
「確か、まだイタリアに来て1年か2年目くらいのときだったと思う。
やっとこの世界の本当の姿が少しずつ見えてきてさ、あまりにもそれが自分の想像を超えてて、色んな葛藤とかあって、すごく苦しかったときだった。」
そう言ってふふっと笑った。
オレは純粋に驚いた。オレはイタリアに来てから1度だってそんな彼の姿を見たことがない。
10代目は続ける。
「いつもは山本、あんなにしゃべるのに、何でかな。あの時はこうやって2人で今日みたいに静かに酒を飲んだんだ。」
過去を思い出しながらしゃべる彼は、楽しい夢を話す少年のようでもあったし、過ぎ去った日々を懐かしむ老人のようでもあった。
「ぽつりぽつりと、お互い自分たちの心の内を少しだけ話したんだ。
やっぱりオレたちマフィアだから汚いことなんてそれこそ山のようにしなきゃいけないし、むしろ99%は汚いことだし、最悪、人を殺すことも躊躇っちゃいけない。
オレはそのことと、全くマフィアとは縁遠かった山本たちをこの世界に引き込んだことをすごく後悔してて、それを山本に懺悔するみたいに話した。いや、懺悔したんだ。」
10代目が山本だけに本心を語っていた。
彼の名実共に右腕となったオレに、そのことは最高に屈辱的なことであるはずなのだが(昔のオレなら怒り狂っていただろう)、オレの心は静かだった。まるで凪いだ海のようだった。
今ならわかる。山本は全てを許容して浄化する。
温かで柔らかな雨が優しく降り注いで、何もかも洗い流してくれるような。
「そうしたら山本は暫らく沈黙した後に言ったんだ。」
『この世界を選んだのはオレ自身だし、別にツナのせいでもなければ、責任を感じる必要もない。
オレは確かに人も殺した。そいつらがどんな悪人だからって、殺したっていう事実は事実だ。そしてこれからもきっと殺す。時々自分でも震えるほど怖くなる。
だけどな、ツナ。オレは覚悟できてんだ。殺す覚悟も、殺される覚悟も。』
「『だからそんなに思いつめんなよ。どーせ死ぬときゃ死ぬんだしよ』って。山本らしいよね。」
アハハ、と10代目は無理やり笑ったようだった。
10代目が話すたび、忘れていた思い出が次々と出てきた。
日々の何気ないことや、本当にくだらない出来事もだ。
それらはとても色鮮やかで、まるで昨日の出来事のようだった。
あまりにもキラキラと輝いているたのでオレはなんだか泣きたい気分になった。
もちろん実際に泣きはしないが。
「ねぇ、獄寺くん。」
暫しの沈黙の後、再び10代目は静かに口を開いた。
『オレが死んだら、少しだけ泣いて欲しい。やっぱ誰も泣いてくれねーってのは寂しいからな。
でも少しだけでいい。少しだけ、オレを想って泣いて、その後は笑っていて欲しいな。
オレのこと忘れてもいいから、その後は笑っていて欲しい。』
「…って言ってたよ、山本。ホント山本らしく自分勝手だよね。置いていかれる方の気持ちなんて考えていやしない。」
自嘲するように彼は笑い、それに呼応するように、彼の手にあるグラスの中で氷がカランと小さく音をたてた。
「もうそろそろ、泣いてあげてもいいんじゃない?」
優しく子供に言い聞かせるような目だった。
その目を見た途端、どっと色々な感情が溢れて、オレがその感情を押しとどめようとする前に次々とこぼれ出してどうしようもなくなった。
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