rhapsody in blue  ―3―



山本の死は突然だった。
誰が予測できただろう。
あんな、あんなにも青い空の下、彼の命が真っ赤に染まってしまったなんて。

もうすぐ、イタリアの暑く乾いた夏が訪れる頃だった。











山本が死んでまず思ったのは、彼がいかに皆に愛されていたか、ということだった。

アイツの死はボンゴレはもちろん、同盟ファミリーにも衝撃を与えた。
早急に雨のリングの継承者を見つけねば、ということだったが、
10代目が「山本の代わりなどどこにもいない。自分が10代目に就いている限り、雨のリングは誰にも渡さない」と言い、皆それに一様に賛同した。

アイツの死を、アイツに関わる全ての人間が嘆いたと思う。
ボンゴレファミリー全体が、大の大人が、マフィアに属するヤツらが、恥かし気もなく泣くのを見て他人事のように驚いた。

10代目は最初、やるべきことこそ迅速に指示を出し、また今後の対応をしていたが、粗方それらが片付くと丸一日部屋に引きこもり誰も寄せ付けなかった。
次の日になって彼はいつも通りに部下の前に顔を出したが、よく見ると、本当によく見ないと分からないくらいだが、目を赤く腫らしていた。
リボーンさんは、部下の前では、10代目の前でさえ少しの動揺も見せなかった。
いつも通り冴えた声で部下に次々と指令を出していた。
だがやはりショックだったのだろう。昔から彼が山本をどこか特別に思っていたことは知っている。
真夜中に彼が1人、山本の棺の前に立っているのを見た。
後ろ姿で彼の表情は見えなかったが、彼の拳は確かに震えていた。
雲雀は自分の部屋をこれ以上壊れようがない、というほど壊した。
その様は、怒りがまるで巨大な竜巻を形作ったようで、それは雲雀の心の中そのものだった。
ディーノも山本とは昔から仲が良かった。
彼は雲雀のように暴れたりはしなかったが、棺の中で眠る山本を見た瞬間の彼の顔を、オレはきっと忘れない。
ほんの一瞬、顔をくしゃりと歪め、それから暫らく何かに耐えるように目を瞑っていた。
再び目を開けたときに1粒涙が彼の頬を伝ったが、彼はそれを気にする様子もなく「ばっかだなー…」と呟き、愛おしそうに山本の頬を撫でた。
ランボは酷かった。
もう17にもなるのに、喉が裂けるんじゃないかと思うくらい声を張り上げて泣いていた。

たけし、たけし、いやだ、いやだよ、おきて、めをあけて、おねがいだから、たけし、たけし、たけし、たけし、たけし

身を引き裂かれて、血を吐くような、魂の叫びだった。
―ああ、そういえばコイツはガキの頃から山本によく懐いていた、オレには全く懐かなかったのに。うまく働かない頭でぼんやりとそう思った。



あまりの出来事が起こると、脳がそれを受け付けない。
自己防衛の一種だ。(と、後にシャマルは言った)
頭では山本の死は理解している。しかし実感が湧かないのだ。
山本が死ぬ数時間前まで、オレたちは一緒にいた。
その時のアイツの温もりの方が、目の前で棺の中に入っている山本よりもリアルなのだ。
冷たく横たわる山本よりも、オレの目蓋の奥で笑う山本の方が、ずっとずっと「山本」なのだ。




覚悟は。
山本がイタリアに来た時から、いや、あの恐ろしく赤い夕焼けの日からしていたはずだった。
いつかこうなる未来が来ることはわかっていた。
なのに――。
あの夕焼けが染み込んだような部屋で見た、真っ赤な山本。
まるでその時のデジャヴのようにアイツは死んだ。


せめて怒れれば良かった。
怒ったり、泣いたり、叫んだり、罵ったり、嘲笑ったりできれば良かった。
素直に全力で感情を出せるランボがひどく羨ましかった。
おかげでオレはアイツの影を今でも追っている。
こんな感情から早く解かれたいのに、解かれることを恐れている。


山本を想い出にすることが、過去とすることが、酷く怖い。











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夜も更けて、時計の針が2時をさした頃、もう寝るよ、と言って10代目はオレの部屋を後にした。
それまで一言も口を開かなかった雲雀は溜息を1つ吐いた。
なんだかんだでオレたちは結構な量の酒を飲み、かなりの数のボトルが床に散らばっていた。

「自分から誘っておいて勝手に解散するなんてどうかしてるよ。」
呆れたように雲雀は言った。
「ああもう。無駄な時間を過ごした。明日…っていうかもう今日か、絶対起きてやらない。」
……てめぇ。いいだけ人の酒飲んどいてそれか。しかも絶対ぇ片付ける気ねぇよ、コイツ。
と、グダグダと立ち上がってブツブツと文句を言いながらドアに向かう雲雀に毒づく。
毒づくもそれを口に出す元気はもうなかった。

疲れた…。

10代目が言ったアイツの言葉とか、自分の感情とか、過去とか、酔いとか色んなものがグルグル回っていて気持ち悪い。


ドアの手前で雲雀は歩みを止めた。
何だよ。もう早く出てけっての。まだ何か文句言う気か?
うんざりと次の雲雀の言動を待っていると、彼は振り向きもせず言った。


「キミはいいじゃないか。僕は触れることすら叶わなかった。」


雲雀はあれだけ飲んだにも関わらず、ふらつくこともなく颯爽と歩いて暗い廊下の奥に消えていった。
彼の言葉はドクリとオレの心臓を脈打たせ、その余韻はどこまでも消えそうにない。
オレは転がり散らばったボトルやグラスもそのままにソファに倒れこんだ。
そばにあった汚い野球ボールを握りしめる。
その存在を焼き付けるように。