rhapsody in blue  ―4―



誰かがドアをそっと開ける気配で目が覚めた。
普段ならすぐさま臨戦態勢に入るところだが、何故だか今はそんな気が起こらない。
子供がかわいい悪戯をするのをこっそり見守るような、そんな穏やかさがあった。

ソファに寝転んだまま、ただ目を開けてじっと開くドアを見ていると、現れたのは懐かしくて、もう何年もオレを煩わせていた人物そのものだった。



山本。



山本はオレを見ると目を細めて笑った。
オレのいるソファまでゆっくりと音もなく歩いてき、そしてオレと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
オレもゆっくりと上体を起こし、山本と見つめ合う。


音は何一つ聞こえない。
お互いの息遣いも、衣擦れの音も、秒針の動く音も、開け放しているはずの窓から入る風の音も、何一つ聞こえなかった。
これが夢だとか幻だとかは関係がなかった。
今、この時、目の前に山本がいる。




やまもと、
と、声を出そうとしたら、まるで幼い子供にするかのように、シィ、と山本は人差し指を立てた。
それからオレが握りしめているボールに気付いて、また目を細めた。


ごめんな。
山本の言葉が空気の振動ではなくて、心に直接響いてくる。

オレ、お前をずっと縛ってた。苦しかったろ?ごめん。
もう、お前を放すから。自由にするから。




確かに苦しかった。山本がいなくなってからずっと。
何度もお前を探して雨の中や闇夜を歩き回った。
何度もそこらじゅうでお前の気配を感じた。
そしてはっと我に返り、現実を思い出してはまた打ちのめされた。
でもな、もういい。
そうやってでもお前を感じていたいと思うんだ。
忘れたくない。過去になんかしたくない。
だから、オレを放すなんて言うな。



山本にそれが伝わったのだろうか。
困ったように少し笑った。

もう充分だよ、獄寺。これ以上オレのこと想う必要は、ない。
お前は生きなきゃ。いつまでもオレに縛られちゃダメだ。
笑って、生きて、ファミリー守って、オレの見れなかった未来見て、生きて、生きて、生きて、生きてくれよ。



ああ。
やっぱりお前、相変わらずだよ。変わんねーな。
いつだって自分勝手なことばっかりぬかしやがる。
残されたヤツの気持ちなんて考えもしねえ。
あっさりと逝きやがって。
何も言わないまま勝手に逝きやがって。


山本の顔はいつしか泣きそうに揺らいでいた。
そっと、山本はオレの頬を両手で包み込む。
そして触れるだけのキスをした。
しん、と切なさが胸に広がる。

オレの頬から手を離し、オレが握ったままだったボールをゆっくりと手から抜き取る。
大事そうにそれを一撫でした後、再びオレと向き合った。


獄寺。
ごめんな。
ありがと。

…さよなら。




寂しさとか悲しさとか。温もりとか優しさとか切なさとか、全ての感情が入り混じった笑顔だった。

手にボールを持ったまま、ゆっくりと山本は立ち上がる。
もう、最後なんだ。
何故だか確信をもって、そう思った。
しかしオレは動くこともできないで、離れていく山本をただ目で追った。




ドアに向かう一連の動作はひどくゆっくりだったが、そこにはもう止まる意志などは欠片も見当たらなかった。

振り向くことなく山本はドアを開け、出ていった。
今まで音は何一つ聞こえなかったのに、パタン、とドアを閉めた音が小さく聞こえた気がした。