rhapsody in blue ―5―
時刻は朝の5時を少しまわったところだった。
気がつくとオレはソファで寝ていて、床やテーブルには10代目と雲雀が出て行った時のまま、グラスやボトルが散乱していた。
静かな部屋に、秒針が時を刻む音や風がブラインドを微かに揺らす音がする。
あれは夢だったのだろうか。
自分の脳が勝手に作り出した都合の良い幻覚だったのだろうか。
実際に考えれば有り得ない事だ。死んだ人間に会うなんて。
ただ、あれは確かな存在感を持ってそこに居た。
夢のような世界に、彼だけが現実だった。と言った方が近いかもしれない。
まあ、どっちでもいい。
それが夢でも現実でも、もう山本には会えないという確信がある。
だけど、心は切なさを残しながらもすっきりと軽かった。
目を閉じてあの不思議な光景を思い出す。
山本の顔、声、手の温もり、子供のようなキス
そこではっと気付く。
あの古くて汚れた野球ボール。
オレが山本の思い出に纏いつこうとするときにはいつも無意識に握り締めていたもの。
それがない。
寝てる間にどこかに転がしたのかと思い、テーブルやデスクの下、棚の裏などくまなく探したが、それは出てくることはなかった。
―あいつ、持っていきやがったな。
そう思ったら、自然に笑みが出てきた。
はぁ。と息を吐いて再びソファに横になる。
そしてまた目を閉じて、それから耳を澄ます。
…雨か?
おかしいな、ブラインドから微かに陽が漏れているのに。
立ち上がって窓へ歩く。
途中、空のボトルをうっかり蹴飛ばして割ってしまった。
自分で割ったにも関わらず不覚にも驚いていまい、そんな自分がおかしくてまた笑った。
微かに揺れるブラインドを上げると、柔らかな光の中、穏やかに雨が降っていた。
天気雨。
気がついたのが不思議なほど、雨音は静かだった。
朝もやの中を光が屈折して柔らかくあたりを照らし、雨は優しく木々に命を与える。遠くで小鳥が鳴く声が聞こえた。
それは幻想的なまでに美しい光景だった。
もうすぐこの雨は止んで、何事もなかったように太陽は照り、道は乾くだろう。
まるでオレたちのようだ。
お前がいなくても、世界はいつも通り動いて、オレは生きる。
もうお前のことは引きずらない。
お前の言うとおり、笑って笑って、生き抜いてやる。
お前が死んだのを後悔するくらいの未来を生きてやる。
でも、忘れない。
お前が、確かにここにいたことを。
鼻の奥がツンとして、それから視界が滲んだ。
熱いものが頬を伝うのはわかったが、流れるままにしてずっと外を見ていた。
ぼやけた世界は、それでもきらきらと美しかった。
end.
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